|
光ディスクというものに携わったのは四半世紀以上前のことですが、CD-RWや、DVD+RWと縁ができたのはちょうど10年前でした。この10年間、規格の議論や、プロモーション活動のために世界を飛び回りました。このプラスの部屋の中でも旅に関する話を中心にしてきました。 今日は、宿泊に絡んだお話です。途中、少し脱線しますがご容赦ください。
ハノーバーの民宿
ハノーバーというドイツの町でCeBITという世界最大級のITショーが開催されます。町の人口に匹敵するくらいの出展者や見学者がやってくるのですから、当然ホテルは不足します。ハノーバーの町がどうやってそれに対処したのかおわかりですか? そう、にわか民宿ができるのです。 ベッドルームが空いているお宅が、素泊まりもしくは朝食付きでそのベッドルームを旅行者に貸し出すのです。 中にはふだんはお子さんが使っている部屋をその間だけお子さんはご両親の寝室で寝て、民宿にするお宅もあるようでした。 日本から行くと、ドイツの入り口のフランクフルトに到着するのが夕方6時くらいで、それからさらに国内線に乗り換えるのですから到着は9時過ぎになります。 そこから、渡された住所だけを頼りに、タクシーでそのお宅まで行き、呼び鈴を押して、ようやく到着です。 普通のお宅ですから、必ずしも英語がしゃべれるわけでもなく、初めて行ったときにはあいさつして部屋に通された後、明日の朝ごはんは何時に食べたいか? といった話をするのに、ドイツ語会話ポケットブックを見ながら10分位かかったのは今では楽しい思い出です。 朝食は、パンとチーズ、ハムなどが、テーブルに並べられていて、勝手に食べてでかけます。 夕食は外で食べて帰ります。到着したときにおうちのカギを渡されているので、夜遅くなっても、自分の家に帰るように勝手に生活できます。 第一話に書いたようにビアホールで酔っ払って帰り、バスルームで記憶がなくなってしまったこともありました。 あの時のお宅には迷惑をかけなかったのでしょうか? 何年かの間に数件のお宅に泊めていただきましたが、まったくビジネスライクに対応されるお宅や、オーナーのご老人と一緒に食事や買い物にいったりするアットホームな雰囲気のお宅など、みなさんお世話になりました。 何にしても見ず知らずのろくにことばも通じない外国人を数日とはいえ住まわせるのですから、大したものですね。
いきなり脱線ですが、このような展示会に出展する際には、新しい技術や製品なりを見せて、アピールすることになります。2000年に、世界で始めてのDVD+RWへの書込み デモを行いました。開発段階ですからドライブとしての形が完成しているわけではなく、電子回路は大きなボードに組まれているというプロトタイプで行いました。この装置を日本から持っていくわけですが、なにせ初めてのことで、運送中に壊れてしまっては元も子もありませんから、大きな箱に厳重に梱包して手荷物(もちろんチェックインは必要ですが)としてもっていくことになりました。 それから、税関はどうやって通るのか、規格外の大きさなので追加料金を払いにいったり、と四苦八苦の末、ようやくハノーバーに到着しました。 前日、技術を担当してくれたSさんと会場に機材を運びこみ、一刻も早く動作確認をしたいのですが、なにせ借り物の場所なので、コンセントはないし、用意されているはずの計測器がなかったりと、やきもきしながらようやく一度は成功し、テストをやり過ぎると本番で動かなくなるのも怖いので、その日はそこで終了。 翌日は本番の会場に装置をそーっと運んでセッティングします。 当時は記録形DVDがホットな話題でしたから、けっこうな数の取材陣を前に、記録済みのディスクと未記録のディスクを見比べさせて、未記録のほうにこれから書きますよって、マジックショーみたいな説明をしながら、Sさん記録を始めてくださいとお願いし、演台から見えるオシロスコープに記録しているときの波形が見えた時には、思わず満面の笑みを浮かべながら、DVD+RWの特長の説明を始めました。 もちろん記録はうまくいき、取り出したディスクを市販のDVDプレイやーで再生して見せるところもパーフェクトに行きました。 Sさんご苦労様でした。
翌年、いよいよ本当にドライブの形ができあがり、パソコンに内蔵して展示するところまできました。 今度も寒いドイツのショーです。 前日にセットを始めたところ、日本からデモ用にもっていったパソコンをうっかり電圧設定を変更しないまま240ボルトに接続してしまい、壊してしまいました。 しょうがないので、現地のパソコンショップに行って代替えのパソコンを購入してきました。 ところが、肝心の試作品のドライブが動かないではないですか。 会場は正式開催日の前日と言うことで暖房もなく、零下に近い温度で悪戦苦闘が続きます。 冷えすぎてだめなのかと、コーヒーメーカーの上にドライブを置いて暖めたりと、技術陣のがんばりでどうにか復旧しましたがとっくに真夜中を過ぎ、民宿までとぼとぼと帰ったのでした。 でも本番になってからは、快調に動作し、技術スタッフの皆さんに感謝!
また、とある技術セミナーで、できたての新しい性能のドライブのステージデモを行ったときには、さあ、書き込みスタートというときに動き出さないではないですか。事前の準備段階でも何度か動きださないことがあって、こうすれば立ち直る ということは何となくわかっていたので、大慌てしたわけではありませんでしたが、立ち直るまでの2分間くらい、「いやあ、いろんなところでデモやっていると、うまく行かないこともあるんですよね」なんて、ごまかしたのも楽しい思い出です。
で、また、宿の話に戻りましょう。
ギャンブルで有名なラスベガスという町はみなさんよくご存じですね。 ここのホテルはひとつひとつがテーマパークのようなもので、多くのホテルがなにかしらコンセプトをもってデザインされています。 いくつか例をあげると、エジプトのピラミッドやスフインクスのあるルクソール、その隣の魔法の国にエクスカリバー、ニューヨークの町並みとローラーコースターのニューヨークニューヨーク、 マーライオンよりずっと大きなライオンの像があるMGMグランド、エッフェル塔があるパリス、古代ローマをモチーフにしたシーザーズパレス、マルディグラがコンセプトのハラス、オーシャンズ11の舞台になったベラッジオ、ホテルの中にゴンドラで運河巡りができるベネチアン、宝島をベースにしたトレジャーアイランド、中国系コンセプトらしいがどちらかというと緑がテーマのようなウィンなど、泊まらなくても見て回るだけで楽しくなります。ウィンは写真のように凹面になっており、太陽の角度によっては、レンズのように集光して、そのあたりだけぼーっと暖かくなっていました。どこかのホテルに泊まったときに、ドアノブの軸の下にちょっと出っ張りがあって、起こさないでタグをぶら下げるときにおっこちにくくなっているのかなと感心していたのですが、朝出かけて、夕方帰ってきたときに、普通は横向きになっているドアノブが、だらんと下向きになっているではありませんか。触ると、ノブがすぽっと抜けてしまいました。そのときようやく気がついたのですが、出っ張りは、ドアノブと軸を固定していたねじだったのです。鍵はもっていても、どうにもなりません。廊下の電話からフロントに電話したのですが、英語では説明のしようがなく、向こうも普通は考えられないような事態なので、よけいに混乱して、ようやく部屋に入れたのは1時間後でした。
いろいろと旅の思い出はありますが、一番大事な思い出は、その間に出会った人たちの
ことです。 このプラスの部屋の皆さんはもちろん個性的で、それぞれ魅力のある方た
ちですが、他にも何人か紹介しましょう。
DPさん まさにアメリカ人という感じで、全く屈託のない人でした。日本でのイベントにも何度 かやってきて、いつ着いたの?と聞くと3日前という答え。何してたのかと聞くと富士 山に登ってきたそうで、それもずいぶん下のほうから歩いて登ってきたらしい。 こい つはそういうタイプなんだなと思って、次に来たときにまたチェックするとMt. Yari(槍ケ岳)に登ってきたとのことで、驚いたことに、降りてきて松本で泊まろう思っていたら なんだかお祭りがあって、宿は満員、泊まれずに川沿いの公園のベンチでぼんやりして
いたら、お祭り帰りの若者の一団と話をしているうちに意気投合。結局、その人の家に
泊めてもらったそうです。今でも世界中で遊びまわっているのでしょうか。
MTさん
ロックバンド シカゴのビルチャンプリンを女性にしたような感じの方。米国でのイベント開催にはずいぶんとお世話になりました。 面倒なことを一人でひきうけてくれるアメリカ人とは思えない(失礼)律儀な方でした。
HKさん
あるフォーマットの技術WGの運営を協力してやることになって以来、10年以上のつきあいになります。日本人との付き合いが多いせいか、なんとなく日本的な心情を理解してくれていると思います。 お子さん、だいぶ大きくなったかな。
PWさん
光ディスク関連の国際標準化での重鎮のひとりですが、初めて顔を見たのは15年前、ツーソンで、ラテン系のスケベなおじさんという印象をもったことを覚えています。7、8年後に再開したときには髪が短くなって、ジャンレノのような感じに変わっていました。交渉の場では、言うべきことはきっちり主張し、オフになるとユーモアたっぷりの紳士です。
DCさん
在米のアジア人で、光ディスクのパイオニアの一人です 。 15年前、アメリカのマーケット調査のために単身出張し、この方に案内していただいて、10日ほどほとんど二人で、過ごしてみっちり英語の勉強になりました。小柄なおじいさんだったのですが、元気はつらつで土曜日にはロッキー山脈の中にあるスキー場に連れていってくれました。 うっすらと凍ったようなフリーウェイを走りながら、「ところでこの車のタイヤは冬用なの?」と聞くと、いや普通のタイヤだと聞いてちょっとびびりました。 当時60歳を越えていらっしゃいましたが、スキーも達者になさっていました。 いまでもお孫さんにかこまれてお元気そうです。
BFさん
とあるメーカーと技術交流をするために出張したときの、相手側の技術責任者でしたが会議途中の4時ごろ、「ぼくはフィットネスに行くのでこれで失礼」と言って帰ってしまいました。 Noriさんの話の中に○○人気質の話がありましたが、目の当たりにして実感した一幕でした。
他にもたくさん、書き切れないくらいいろんな人とお会いしました。イニシャルだけでもご紹介します。 欧州から HDさん、MKさん、HSさん、JNさん、RTさん、DAさんほか、米国では、MMさん、SVさん、KDさん、SSさんなど、日本でも、SSさん、KAさん、YIさん、AKさん、YKさん、TNさん、OMさん、MHさんなどなど、もちろん、プラスの部屋の住人さんたちも、いっぱい思い出がありますが、それぞれの皆さんの個性は、文面から感じとってください。
プラスの旅って、ほんとうは、これら多くの皆さんと知り合いになり、いろんな文化、考え方を教わったことなんだなと思います。 また、何処かで出会って、ビールで乾杯しましょう!
|