私が初めてDVD+RWアライアンスの会合に出席したのが、1999年でした。
DVD+RWアライアンスとは、日欧米の家電・パソコンメーカー・メディアメーカーが
協力しながら、DVD+R/RWの規格を立ち上げてきた規格普及促進団体です。
私が参加した時点では6社しかいませんでしたが、終わってみれば、このグループは8社まで増えていました。
韓国大手家電 メーカー・米国の最大手ソフト会社をメンバーに入れる計画もありましたが、メンバーが多すぎると決断ができないとのことで、2桁以内のメンバー会社で抑えることで合意。 (米国:2社・欧州:2社 日本:4社)
各社の色々な思惑があって、白熱した議論はありましたが、最終的には平穏に話がまとまりました。国連の小規模なバージョンのようなものですかね?
もともと、DVD+RWの規格には記録型タイプしか存在していませんでした。
また、4.7GBの製品が上市される前には3GBと言った商品が企画されていたことはあまり知られていないことです。
弊社はメディアメーカーでドライブ側に色々なクレームをつけられて、一所懸命に汗をかきながら、徹夜しながら作り上げた技術でしたが、初回出席した会議のブレークセッションで某米国パソコンメーカーより、3GBの商品上市を諦めたので、4.7GBまで待ってほしいと言われ、唖然とした事をまだ鮮明に覚えています。
このような出来事を経験しながら、一般消費者が今日、秋葉原などで購入できるDVD+RW/DVD+Rの商品を世の中へ送り出しました。
このDVD+RWアライアンスとは各社が持ち回りで会議を主催することになっており、2000年の夏は弊社が初めてホストを務めることになりました。
イベントは非常にシンプルでした。外人さんも多いとのことで、日本文化と紹介できるイベントと言うことではとバスツアーの歌舞伎&ディナーコースを選択。
しかし、夜のイベントに入る前に会議で波乱が起きてしまいました。実は日本の大手家電メーカーがDVD+RWではなく、DVD-RWのレコーダーを上市するとの発表を行ってしまいました。今まで、他規格品に対して、文句を言っていた、会社がその技術を導入した商品と出すとは….誰も考えていませんでした。
特に外国勢のリアクションは大変なものでした。会議が始まる前からその話題で持ちきり、会議の司会者が大変な思いをしていたことを良く覚えています。
結局会議が終わってみれば、半分の参加者は某日本メーカーと引き続き、打ち合わせをすることになりました。懇親会では荒れていた、日本メーカーの重役もおられましたが。
結局、今日市場で販売されている商品を見ると、全て複数の規格に対応している機種が世の中で出回っていることになっています。
その時にそのトレンドが出来上がったのでしょう。
DVD+RWが初めて商品として登場したのは2001年です。規格活動は1996年から開始されていましたが、本格的な規格のプロモーション活動は1999年ころから開始されました。
商品が出るまでの、2年間はひたすらプロモーション活動。
ポイントはいかに記者をイベントに招待して、どのような記事を記載してもらうかでした。肝心なのはネタ提供。記者を味方につけることで、どの規格が市場で認知されるかが、決まってきます。
プロモーション内容に関して、各社で色々協議しましたが、その時に思ったのはさすが、欧米人。マーケティング文化の威力を実感させられました。存在しない、商品のアピール法は素晴らしいものです。これはしっかり学ぶ必要があるなと思いました。
DVD+RWアライアンスは家電、パソコン、記録媒体といった異なった業種、また、欧州、米国、そして日本の方が色々と協議、時には議論したことにより、より消費者が望んでいる規格、商品を誕生させることが可能になったのではと思っています。
メンバー会社が多すぎなかったことも大きいなポイントだと実感しています。

自分にとってはこのDVD+RWの規格・プロモーション活動を通じて、色々な人と出会い、出来事に直面して、会合に出席することができ、外交の難しさを重々と感じることができました。
DVD+RWアライアンスのような面白い、規格普及促進団体は今後、存在することがあるのだろうかと日々思っている毎日です。
DVD+RW・DVD+R DLといった優れた規格はこの団体の誇りだと思っています。 |